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故・清水誠一氏の遺影 [訃報]

清水誠一.jpg

故・清水誠一氏の遺影





タグ:清水誠一

清水誠一氏逝去 [訃報]

今しがた清水誠一氏が逝去されたとの報をもらいました。
詳しいことはわかりません。

謹んでご冥福をお祈りいたします。


彦坂尚嘉

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清水誠一さんは、1946年生まれです。
昨日、自死なさったそうです。

これから小淵沢までいって、お通夜に列席するつもりです。
白いお花を手向けたいと思います。

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今、午前3時10分ですが、今帰ってきました。
清水さんのお通夜に行ってきたのです。
結局往復約8時間かかりました。
16号が込んでいたのと、雨も降っていて、山梨は雪が降っていました。

なくなる前の作品も見ることができました。

白いお花を手向けました。

中里斉先生ご逝去(加筆5) [訃報]

ニューヨーク在住の画家・中里斉先生が、ご逝去されました。
梯子から落ちられたそうです。
残念な事でした。

7月18日(日)の2時ごろ、お亡くなりになったとのことです。

脚立から落ちて、頭部を強く打ち急死とのことです。


3日前、中里さん、ご自宅のスタジオで高いところから(多分キャンパスでも動かそ

うとされていたのか)落ち、頭を強く打たれ、そのまま意識不明で病院に搬送され、

安否が気遣われていたのですが、今朝、校友会のメールに、昨夜お亡くなりになった

と連絡が入りました。


 


昨日午 後11時半に永眠なされました。 

事故から3日間、意識を戻される事もなく逝ってしま 
われました。 

葬儀は日本で今月末におこなわれ、メモリアルは、9 
月以降にニューヨークでおこなわれるそうすが、日程 
は未定です。

 

1970年前後にミニマルペインティングで日本デビューして、
鮮烈な印象の画家でありました。

細かい略歴等々は、報道を見て、このブログでも再録します。

中里斉
1936(昭和11)東京に生まれる。
1960(昭和35)年、多摩美術大学絵画部油彩科卒業、大沢昌助等に学ぶ。
北海タイムスに美術記者として入る。

1962(昭和37)年-1966(昭和41)年、ウィスコンシン大学で絵画と版画を、ペンシルヴェニア大学美術大学院でイタリアの作家ピエロ・ドラツィオ、二―ル・ウエリバーに師事し、絵画を学ぶ。

1966~67年 ロックフェラー3世基金奨学金を受けニューヨークで制作。


1967(昭和42)年までニューヨークで制作。翌年、ヨーロッパ、中近東を旅行して帰国。

多摩美術大学専任講師就任、斎藤義重と親交を得る。


1971(昭和47)年 欧州旅行後渡米ニューヨークに居住、ペンシルヴァニア大学美術大学で教鞭を取る。エリクソン・ギャラリー(フィラデルフィア)、ギャラリー・クラヌキ(大阪)、東京画廊(東京)等個展多数。

主としてアクリル絵具を使って制作を続けている。60年代には、色のついた線的パターンの配列の可能性を追求、グリッドのシステムに即した基本型の向きと彩色が生み出す変化を丹念に探っていった《ペンシルヴァニア・シリーズ》が代表的である。

70年代には、日本の伝統的な大工道具である墨壷を運用して、墨を浸した糸を用いてキャンヴァス上に直線を引く仕事をする。

この墨壷の線をつかった絵画が、鮮烈なデビューという記憶を私に植え付けています。
この墨壷の線を使う技法は、この後、狗巻賢二がマネをして、さらに堀浩哉が真似るという連鎖を生んだという記憶を、私の頭脳に残しています。

私にとっては多摩美術大学での恩師で、
1981年のアメリカの留学でもたいへんご厄介になっていて、
重要な先生でありました。

ご冥福をお祈り致します。
合掌

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彦坂様

すでにご存じかとも思いますが、

NYの中里さんが17日午後11時31分に逝去されました。

梯子から落ちて頭部を強打されたのが原因となったそうです。

現在、町田国際版画美術館で個展開催中(8月8日まで)ということもあり、

日本でも偲ぶ会が開催されると思います。

取り急ぎご連絡申し上げます。


      I.N.



I.N.



On 2010/07/21, at 14:07, ito norio wrote:

すでにご存じかとも思いますが、

NYの中里さんが17日午後11時31分に逝去されました。

梯子から落ちて頭部を強打されたのが原因となったそうです。


私のブログでもすでに書いています。


現在、町田国際版画美術館で個展開催中(8月8日まで)ということもあり、


それが原因で、失意でのご逝去だと思います。

ですので、私のブログでは町田の件は書きません。


                                           彦坂尚嘉


 


伊藤武治氏逝去 [訃報]

伊藤武治氏が逝去されました。

私自身は、世間話程度で親しくお付き合いはしませんでしたので、

訃報で初めて氏の経歴を知ったくらいです。

具体とからんでいたとは、知りませんでした。

なかなかの人物であったという印象はあります。


明日も、明後日も予定が入っていて、

葬儀は失礼しますが、謹んでご冥福をお祈り致します。


合掌



彦坂尚嘉

 

 

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ご協力おねがします


こばやしはるお


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旧Bゼミより 訃報のお知らせ


Bゼミで長きに渡って講師を務めていただいた 伊藤武治氏が

脳梗塞のため 今日2010年7月13日午前7:08 

東海大学医学部付属病院にて急逝されました 


つきましては 明日 伊藤氏のご自宅で「伊藤武治さんを偲ぶ飲み会」をいたします

 

お花を一輪と会費(飲んだり食べたりするため)だけを持ってお集まりください 

飲物 食べ物の持参は歓迎 喪服もいらないそうです

とにかく生前の武治さんが喜ぶような 普段着の飲み会をしましょう


今日と明後日は ご親族 ごく身内の方々で 仮通夜と葬儀が 執り行われます


日時 7月14日(水)何時でも良いそうです 本通夜 伊藤武治さんを偲ぶ飲み会

   7月15日(木)午前9:30 出棺(予定)


場所;〒259-0151 神奈川県足柄上郡中井町井ノ口112


連絡先:0465-81-1886


アクセス:

・JR二宮駅(東海道線)下車、神奈川中央バス「秦野駅南口行」梅の木下車(徒歩1分)

・小田急秦野駅下車、神奈川中央バス「二宮駅北口行」梅の木下車(徒歩1分)


マップ↓

http://maps.google.co.jp/maps?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:off

icial&channel=s&hl=ja&q=%E3%80%92259-0151%E3%80%80%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9

D%E7%9C%8C%E8%B6%B3%E6%9F%84%E4%B8%8A%E9%83%A1%E4%B8%AD%E4%BA%95%E7%94%BA%E4

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伊藤武治 いとうたけじ 版画家(享年71歳)

1939年(昭和14年)1月13日神奈川県生まれ。1957年頃より横浜周辺の芸術家集団と交友

を始め作家活動を始める。その頃に具体の吉原治郎氏と知り合う。1959年フランスの

美術評論家ミッシェル・タピエに具体グループらとともに絶賛され1年間画家として契

約する。1960年1年間の渡米。各種の版画技法のことは勿論、鉄工、木工、陶芸、自然

農法からサバイバル技術まで本当に何でも知っているという全く不思議な人で、鉄筋

コンクリートのビルでも基礎から一人で建ててしまうというバイタリティにあふれた

怪人。それがすべて独学の結果だと知ってびっくりする。Bゼミでは、1973年か

ら1999年までエッチングなら鉄筆の焼きから始める、インクも手づくり、型破りなシ

ルクスクリーンやリトグラフの版画演習などからはじまって、版画が刷り上がったら

額縁までつくってしまう。ちょっと異色で超貴重な存在であった。





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