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フォークソングの歴史(後半) [音楽]

現在のイラストや漫画的な美術の氾濫、そして娯楽一辺倒の音楽の蔓延は、なぜ、起きたのだろうか?

いわゆるサブカルチャーや、下層の大衆文化の台頭の問題です。下層の文化が、高尚な芸術になってくるのです。この問題をフォークソングの歴史を振り返る中で考えてみたいのです。

その説明は、以前の授業で、文明の三角形の運動の形として示したことがあります。文字を生み出し、農業を開始した古代文明をピラミッドのような三角形で図式しておきます。

近代という時代は、三角形が90度回転して、水平運動をするようになったものでした。この水平運動が、1975年のアメリカのベトナム敗戦で止まったことによって、最下層の後衛部分が、三角形の上部構造になったというものでした。

もう一つ、別の視点で語ったのは、近代は、実は2つあったというものです。一つがアメリカ主導の自由主義経済のもので、もう一つがソヴィエト主導の社会主義経済のものです。

しかもこれは同時に文化をアヴァンギャルドとキッチュに2分する分裂をも生み出したいたのです。グリンバーグのデビュー論文である『アヴァンギャルドとキッチュ』は、キッチュがソビエト文化であり、アヴァンギャルドが、アメリカ文化の上部構造となるのです。

つまり社会主義=キッチュ、自由主義=アヴァンギャルドという文化の2分化の構造が近代であるとすることができるのです。

社会主義的な文化として民衆的な下層文化があって、自由主義の高尚な文化としてアヴァンギャルドな芸術がある。

彦坂の「アートの格付け」ですと、この2分化は、超次元から50次元と、51次元から100次元の文化への2分化であったのです。


たとえばバッハの音楽は、超次元から50次元までしかありませんし、ゴッホの最良の絵画も、超次元から50次元までしかありません。つまり超次元から50次元までが高尚な芸術であるのです。

それに対してソヴィエとのプロレタリア美術や社会主義リアリズムの作品は、51次元から100次元まであるのです。

Kolkhoznitsa.jpg




音楽でも同様の構造が見えます。その代表として、ワルシャワ労働歌を聞いてみてください。





さて、そういうことを踏まえて、アメリカのフォークソングの歴史を見るとことの、今日は後半です。

まず、何よりもアメリカの中にも共産主義の運動があったのです。アメリカ共産党は1919年に結成され、1920年代から40年代の労働運動に大きな影響を与えました。さらに黒人に対する人種差別を撤廃する運動にも大きな影響を与えたのです。このアメリカ共産党は、現在も存続しています。



ピート・シーガー( Pete Seeger)

シーガーはアメリカ共産党の党員であったのですが、それは父親ゆずりでした。
父親であるチャールズ・シーガーはハーバード大学を卒業してバークレー校で音楽教授になった人物です。反戦主義者で、大学を追われています。アメリカ共産党の党員で、音楽家で、作曲家でしたが同時に民族音楽研究者であったのです。
母親はクラシック音楽のバイオリン奏者。継母のルース・クロフォード=シーガーは、20世紀を代表する女性作曲家であったのです。


こうしたことが、フォークソングを過激なプロテストソングにするとともに、知的な学問性をも付与し、同時にクラシック音楽に匹敵する高尚な芸術に変貌させたのです。


Where Have All the Flowers Gone? Pete Seeger


ピート・シーガーの歌は、超次元から100次元まであるもので、それはソヴィエト系の音楽、つまり51次元から100次元までの音楽とも違うものなのです。そして〈原芸術〉性があって、高尚な芸術なのです。ソヴィエトの音楽が大衆芸術であるのとは、大きく違うのです。
この高尚な芸術で、しかもトータリティの音楽の出現が、近代の2分化した構造そのものを批判していく大きなエネルギーになっていったと言えます。つまりアメリカに生まれたプロテストソングというものは、単に政治的なメッセイジがあるのではなくて、音楽のトータルな豊かさそのものが、近代という時代の分裂性を批判していたのです。


If I Had A Hammer - Pete Seeger


JUDY COLLINS & PETE SEEGER - "Turn, Turn, Turn" 1966



We Shall Overcome Pete Seeger



ウディ・ガスリー

ウディ・ガスリーは、ピート・シーガーのアルマナック・シンガーズという過激な政治運動の歌を歌うグルームに参加していました。



Woody Guthrie - Dust Bowl Blues



ボブ・ディランはウディ・ガスリーの影響を強く受けていますが、ハリー・ベラフォンテの影響もうけています。

普通はハリー・ベラフォンテの音楽をフォークソングとは言いませんが、しかしその歌は労働歌を基盤としたものであり、また公民権運動などの政治運動にも強く関わった歌手で、フォークソングと、広義には言えるように思えます。



ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte
Harry Belafonte - Day-O(The Banana Boat Song)


Harry Belafonte - Matilda

ハリー・ベラフォンテの音楽は、カリプソと呼ばれていましたが、正確には間違いだそうです。本家のカリプソを紹介しておきます。カリプソは、カリブ海の音楽で、アフリカ人奴隷たちがお互いに言葉が通じず、音楽でコミュニケーションをしたのが始まり。歌は、情報であって、政治腐敗に対してもはっきりと批判を歌い、言論の自由を押し進めた音楽でした。音楽的にも非常に高度なもので、超次元から100次元までの全領域性を持っていて、魅力に満ちています。

calypso
David Rudder - Calypso Music

さて、いよいよボブ・ディランです。
ファーストアルバムのA1を聞いてみましょう。

Talkin John Birch Paranoid Blues bob dylan




ボブディラン「風に吹かれて」


ボブ・ディランの「風に吹かれて」が知られるようになったのは、
実はPeter Paul & Maryによって歌われたからでした。

ボブ・ディランの「風に吹かれて」には、超次元から100次元があり、しかも〈原芸術〉性があって、高尚な芸術になっているのですが、Peter Paul & Maryの「風に吹かれて」は6次元しかなく、しかも大衆芸術なのであって、実は似て非なるものなのです。

つまり奇妙なことですが、フォークソングには2種類があって、一つがPeter Paul & Maryのような6次元自然領域の音楽で、これらは大ヒットしていったのです。

そしてもう一つが、この授業で取り上げてきている高尚な芸術性にまで上昇しているフォークソングであって、この2重性が、実はフォークソングを豊かにしたと同時に、問題の所在を複雑にしたのです。



Peter Paul & Mary - Blowin in the wind


ランブリン・ジャック・エリオット(Ramblin' Jack Elliott
Ramblin' Jack Elliott - Talking Merchant Marine


ニールヤング
Neil Young - Helpless (The Last Waltz).


ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell


The Roches/♬Hammond Song♬





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