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事故と破綻/ブログの移行(加筆2) [状況と認識]

ブログの移行


ブログの題名を変えて、新しい『彦坂尚嘉の《第200次元》アート』に移ります。

移行は2011年1月元旦からです。

『彦坂尚嘉の《第200次元》アート』の記事は、
2011年1月1日
以降、下記をクリックして下さい。


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事故と,破綻



このところコンピューターの調子が悪くて、苦しんでいて、太田丈夫さんにご尽力をいただいて、マックにOS5をいれたりしていました。

この作業とは別の原因で、外付けのハードディスクが壊れてしまいました。

ハードディスクに集中して保存していて、しかもバックアップをとっていないという愚かな事をしていたので、壊滅しました。

一応データー救出の専門家に送ったのですが、重傷で無理との事。

失われたものの中には、毎日オークションで制作していた画像作品もあったのですが、それもすべて失われました。

出力して作品になっているものだけになりました。

ですので逆に言えば、買ってくださった方々の作品は、それしか無いという希少性が格段にあがったのです。どうか、大切にしてください。飽きたりして不用になったものは買い戻しをいたしますので、ご連絡ください。
hiko@ja2.so-net.ne.jp


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破綻はコンピューターの事故だけではなくて、人間関係にも及んでいます。

その原因も実は根が深くて、生きている空間の大きさの違いが重要だという事に気がつかされています。今までも何度も繰り返されていることなのですが、《群れ》という小さな空間に生きている人たちが、私には理解不能の行動と選択をとるのです。

《群れ》という小さな空間に生きている人たちというのは、政治家の実例で言うと鳩山由紀夫や、菅直人です。

鳩山由紀夫の発言が宇宙人であると言われています。

菅直人が外交音痴であるのは、尖閣諸島問題で露呈している事です。日本の国益を損なう政治をする首相というのは、何なのでしょうか。市民運動から出現した首相の、視野の狭さ、頭の鈍さは、日本の社会を衰退させ破壊して行くものとなっています。今日の民主党政治の混迷の、大きな原因と責任は、菅直人にあるのです。

彼らの空間感覚が、実は自然採取の原始人が持っている20人から120人の《群れ》の世界の空間の大きさであるというのが、彦坂尚嘉の言語判定法による判断なのです。

しかし人間の顔を一枚の絵画として見て、それに様々な言葉を投げかけて判断するという、この彦坂尚嘉の人物分析は、多くの方々から非難されているものでもあります。ですので相手にしてくださらなくてよいですが、日本の社会には、鳩山由紀夫や菅直人のような、奇妙な人たちがいるのも事実なのです。この奇妙さはなんなのか? そして菅直人首相のような政治性も外交性もない愚かさは、どこからくるのか?

こういう人は、政治家だけでなくて、美術の世界にも多いのです。

これらの人は、奇妙に小さな空間の強い直接性のリアリティの中に生きていて、今日のグローバルな広い社会的な視野がとれないのです。作家になろうとしながら、しかし作家にはなりたくないようです。作品は売りたいとい言いながら、実は売りたくない。小さく、密やかに生きたいようなのです。しかもそれは強烈なエゴイズムに満ちたナルシズムの個人主義なのです。それは日本人のかなりの人間に及ぶものであって、縄文時代のような少人数の原始共同体的なリアリティの直接性の中を生きていることを示しているように思えます。しかもそれが、すでに述べたようにナルシズムに満ちたエゴイズムなのです。

さて、そういう訳で、来年は、新しい方針で、新しい展開をしたく思っています。

喪失の傷は深くて大変ではありますが、その喪失に対応するだけの成熟を成し遂げたいと思っています。『喪失と成熟』というのは、自殺した文芸評論家・江藤淳の名著です。私たちは、喪失する過程を経て成熟の道を歩むのです。彦坂尚嘉が、はたして成熟の道を歩み得るのか?
成熟して行くために、彦坂尚嘉はどれほどの喪失を感受していけるのか? 
それが試されるのです。

それはまた彦坂尚嘉個人の問題ではなくて、日本社会の2011年でもあるように思っています。社会という《第1次元 社会的理性領域》が、重要性を増してきます。美術でも重要なのは《第1次元 社会的理性領域》なのです。《超次元 名品領域》や《第41次元 戦争領域》だけでは、問題を起こすのです。

社会の基本は《第1次元 社会的理性領域》であることを再認識して、社会に奉仕し、貢献するためのブログ活動であり、そして気体分子ギャラリーの活動でありたいと、改めて思っています。社会奉仕としての美術制作、そして社会貢献としての芸術作品でありたいと思います。

本年は、多くの不手際があり、試行錯誤の連続でしたが、このブログと、気体分子ギャラリーの活動を見てくださり、さらにご購入いただいた多くの方々に深く感謝いたします。

みなさま、良いお年をお迎えください。

                       彦坂尚嘉

来年に向けて [気体分子ギャラリー]

日本の現代アート/現代美術が、ほぼ例外無しに《第6次元 自然領域》の作品で、しかも《原-芸術》が無くて、《原-デザイン》になっているという状態で、固定されてきているというように見えます。

それは長谷川祐子氏の言うように、アートとデザインの遺伝子が入れ替わったかのようです。

しかしこうした事は、過去にも起きているのです。



たとえば江戸時代浮世絵でも、《第6次元 自然領域》で《原-デザイン》の作品はたくさんあります。その一つに歌川豊国がいます。

しかし私は、そうしたことが、全世界的に起きているとは思えないのです。

日本は大政翼賛会的な締め付けのある国で、異質なものを排除する力が強い社会です。それに対して芸術は多様です。

《第6次元 自然領域》で《原-デザイン》の作品は、短い時間は良いですが長時間たつと作品の魅力は劣化してきます。

51次元から100次元/ノトケの死の舞踏(加筆1) [アート論]

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51次元から100次元の美術というのがあります。
これをさかのぼって行くと、中世の『死の舞踏』に至りつきます。

バーント・ノトケ( 1508年/1509年)は、ドイツの画家・彫刻家です。
この人の『死の舞踏』を見てみましょう。

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『アートの格付け』

彦坂尚嘉責任による[ノトケの死の舞踏]の芸術分析


《想像界》の眼で《第51次元〜第100次元》のデザインエンターテイメント
《象徴界》の眼で《第51次元〜第100次元》のデザインエンターテイメント
《現実界》の眼で《第51次元〜第100次元》のデザインエンターテイメント


《想像界》だけの表現。
固体だけの表現。


《気晴らしアート》
《ローアート》
シニフィエの表現。
原始脳の表現


《原始平面》 ペンキ絵【B級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》は無い。

《世間体のアート》はある。

《形骸》《炎上》《崩壊》は無い。


《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原デザイン》《原シンボル》の概念梯子が有る。

大衆美術である。

作品空間の意識の大きさが《村》である。
鑑賞構造が無い。イラストである。
情報量が50である。

死の舞踏というテーマ性もさることながら、
大衆美術である事の方が大きく存在しているように思えます。
つまり非常に直裁で、直接的な表現になっているし、
何よりもイメージ絵画であるのです。

これには、今の日本の現代アートと同様に《原-芸術》性がありません。
つまり芸術作品ではないのですが、そういう美術が跋扈する時代は
過去にもあったのです。
こういうものが、今日の骸骨の装身具や装飾物へと流れてくるのです。
つまり大衆芸術の源流は、とりあえずは、中世にあったと言えます。
実際は、もっとさかのぼれると思うのですが。

タグ:死の舞踏

年末のお休みと、年末のご挨拶 [気体分子ギャラリー]

オークションを年末にはお休みします。

お買い上げいただいた作品で送れていないものもありますので、

そうした手続きを終える事に集中させていただきます。

 

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【年末のご挨拶と総括】

 

本年は気体分子ギャラリーのオークションをご愛顧いただき、

深く感謝いたします。

多くの不手際をかかえながらも、かろうじて続けられましたのも、

みなさまのおかげと、深く感謝いたしております。

 

作家としての制作の励みには、この気体分子の毎日オークションが有効という思いがあります。が、同時に、運営の事務手続きの大変さと遅れには、改めて極めてむずかしいものであるという反省をいたしております。

 

武士の商法ではありませんが、アーティストの商法のむずかしさです。このむずかしさにこそ、現在の芸術家問題の本質があると思います。制作や創造性を中心にするのではなくて、管理や運営を中心に据える必要が、生じてきているのです。これはコペルニクス的な大転換の必要性です。

 

あらたに参加してくださった糸崎公朗さんとは、ビジネス書の読書会をしようと話しています。アーティストの弱点が、付け焼き刃でなおるはずもありません。しかし決意もあらたに、来年も頑張りたいと思います。糸崎公朗さんの立教大学大学院での彦坂尚嘉の授業への出席を含めた果敢なチャレンジが、芸術的には成果をあげたのが本年でありました。それはシュミレーショニズムの徹底化であり、その果敢な実行が生む成果でした。

 

芸術分析的には、ブログで詳細に書いて行く事が出来ないほどに進展しました。特に200次元までの発見は、いままでの芸術鑑賞での体験にあった謎を解くものでした。作家としての満足に行く制作を追求する意味では、満足のいく目標と言うか、目安となりました。

 

それと《原-芸術》《原-デザイン》《原-イラスト》《原-工芸》といった、《原-》という言葉を使っての言語判定法の新開発で、これも今までにない芸術分析の厳密さが増大しています。つまり芸術分析的には大きな進展のある一年でした。

 

課題であったアトリエの整理は、栃原比比奈さんの献身的で果敢な努力の継続で、山口俊朗/中川晋介さんらの協力も得て1年かけてかなりの進展をとげました。引き続き来年は彦坂尚嘉の整理の努力が必要とされる段階です。

 

五十嵐太郎ゼミの彦坂訪問を契機にした、このアトリエの整理が、人間関係の変動をも生み出してきています。この五十嵐ゼミに関わるアトリエ整備を妨害した人と、協力した人への分裂が契機での内部変動の詳細ないきさつは、本質的な差異や思考の方向性の違いを含んでいることもあって書く事ができません。本年最後のオークションに露呈した検閲削除問題に象徴されるように、ここには現代日本の美術家の内面に深く浸透している《群れ》や《村》の体質があります。つまり明治以来、近代国民国家の空間の大きさも成立していない人々が、実は《趣味の美術》を形成してきているという遅れの基盤を作ってきているのです。作品を自力で売ろうとするギャラリー活動は、同時にこうした《群れ》や《村》の体質の小さな空間に生きるアーティストとの亀裂を生んだのです。この場合、生きる空間性が小さいと言う事が、本質的な齟齬をつくります。

 

村上隆だけでなくて、奈良美知の場合にも、作品だけでなくて人格の根底に大きな空間性・・・グローバルな今日の世界空間に対応する大きな空間性が存在しているのです。それに対して日本の《群れ》や《村》の体質の小さな空間に生きるアーティストは、その小さな空間性にあった独特な思考をしているのです。それはアーティストだけの問題ではなくて、日本の大衆の問題であります。

 

1991年のソヴィエト崩壊以降は、情報革命の激変が起きたにもかかわらず、この変化についていけない日本社会の停滞が崩壊へと向かう中で、日本の現代美術/現代アートは批評を失い、デザイン化、工芸化、イラスト化へと向かいました。それは同時に《世間体アート》への回帰であったのです。そこには日本社会の根底にある小さな空間性が露呈してきます。

 

ある意味では日本の現代美術/現代アートは、日本社会との和解を経験してきているのです。それを象徴するのが、2000年代の越後妻有トリエンナーレの展開であり、そして今年の瀬戸内国際芸術祭、そして、あいちトリエンナーレ2010でのたくさんの来客数でありました。しかし芸術的な進化があったかは極めて疑問で、内容的には日本社会の基盤に深く存在し続ける小さな空間性をもつ原始的なるもののへの回帰現象の本格的な深化であったように思えます。日本は縮んで行くのです。縮んで縮んで消滅して行く日本・・・・

 

人間関係が、人ごとの生きる空間の大きさによって分類されて行く時代になったのかもしれません。《群れ》や《村》の小さな空間に生きる人は、その同じタイプで集まり,そして《グローバル》な大きな空間性を求めて生きる人々は、同じようなタイプで関係を形成して行く。そういう分裂が起きてきているように思います。こういう体質の違いは、昔からあったようにも思いますが、以前にも増して強烈に意識されたこの一年でした。

 

振り返って自分自身に戻ると、必ずしもグローバルな大きさが無かったようにも思います。ホームページやウエブへの展開も、なかなか出来ませんでした。上岡誠二さん、そして中川晋介さん、栃原比比奈さんのご尽力で整備が進んできていますが、まだ完成ではありません。英語サイトは準備すら、進みません。分裂のエネルギーを外に転化するためにも、英語サイトの立ち上げが急務です。改めて、空間の大きさに対する反省を、自分自身の中でも進めなければなりません。課題は多く、なかなか遅々として進みませんが、来年こそはと、無い気力を振り絞って、奮起したいと思います。

 

最後に、本年作品を買ってくださった方々に、改めて深く御礼をいたします。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

気体分子ギャラリー

彦坂尚嘉

栃原比比奈

田嶋奈保子

上岡誠二

糸崎公朗

中川晋介

山口俊郎


工藤哲己 [アート論]

返信をありがとうございます。

そうでしたか。鋸山のレリーフの製作現場の(吉岡氏撮影による)記録映画は、ウナックサロンから出ているビデオを、加藤力君から学生の終わりがけの頃にダビングさせてもらい、私も見ています。では、あの、映像の中で工藤さんにつっかかるように話していた若者群像の一人に、もしかしたら彦坂さんもいらっしゃったのかもしれないのですね。しかし、私はもしかしたらそうなんじゃないか、という気もなんとなくしていました。

75年のパリでの会食の風景は、目に浮かびます。私の体験とも重なるということもあり、立体的映像的に想像ができます。そうですね。工藤さんとは、そういうお茶目なしかけをよくする人だったと思います。が、入口は似ていたとしても、私の場合は、そのようなあっさりした付き合いで終わる性質のものではなかったように、振り返り思います。

実際に生身で接した期間は、私が芸大大学院・工藤研究室在籍中の89〜90年の2年間と,ごく短いにも関わらず、工藤さんの存在は私の中で、その後も長く尾を引きました。また、タイミングということもあります。

普通に言えば、私は大学を出て人生の本格的な門出をするべき次期。90年11月12日、その日は現在の天皇の即位の礼の日だったようです。私はそれほど興味がなく、文京区千駄木のアパートでテレビ映像を通して、ああ今日がそうなんだ位の気分で漫然と過ごしていました、その日の夜に研究室の助手から「豪、ごめん、工藤さん亡くなったよ。」との電話を受けた。助手が第一声、私に謝罪したのは、大学院の2年次に入ってからというもの、工藤さんが入院し病気療養中のため大学にはしばらく来れないとの情報を教官室からは得るのみで、続報もぱったり無く、その期間がけっこう長く続いたので、不審に思った研究室第2期生である私と、第3期生だった福士朋子さんが一緒に教官室に度々問い合わせに行ったということがありました。その折に助手からは「大丈夫、大丈夫。病気はそんなに大したことないらしいよ。」という返事しかもらえませんでした。しかし助手がなにも義務を怠ったということではおそらくなく、おそらく助手も、詳しい情報を工藤さん側から遮断されていたのではないかと私は推測します。しかし私は勘で、きっとそういうことではない筈だ・・と、感じるものが自分の中にあったからこそ、度々問い合わせに行ったのだと思います。

工藤さん没後、ウナックサロンからの依頼により、そこで定期刊行している小冊子において、研究室在籍1〜3回生の全9人に、作家工藤哲巳が大学での教師としてどうあったのかを、各人文章で証言して欲しいという依頼がきました。ほぼ全員がこの依頼に応えた中、私のみが、これには返答しませんでした。
後日、大学の帰り路にばったり会った、学部4年時の担任だった榎倉康二さんから、件の小冊子について問われ、書かなかった私に、「わざとか?」と、若干の笑みを含んでしかし真面目な口調で言われた記憶が今でも残っています。確かに、わざとかもしれないし、正直書けなかったから、かもしれません。
しかし、義務は勿論感じます。それこそ、今この彦坂さんのブログの他のコメント欄で議論されている、というよりは彦坂さんがほとんど単独で提起なさっている、公の問題ですね。思えば、工藤哲巳という美術作家の最後は、あまりにも不明瞭です。美術作家が公人であるという問題と、もう一つは芸大は勿論国立であるので、芸大創立120周年の記念事業の一部として、新たに創設された大学院第8研究室に誰を招聘するか?となされた議論の中で(その議論は、日本の黄金のバブル期のまさにピークの季節になされた筈です)、このさい刺激剤を注入しようとの意見の一致により、工藤哲巳が選ばれた、と聞いています。岡本太郎の名前も、その前には上がっていたとも。その第8研究室は現在、先端芸術学部を新たに創設する際の、予算の工面の必要の一部として消滅したと聞いています。空間が消えることに対し、私はあまり何も思わないのですが、歴史,その意味が問われず、黒塗りの状態のままにあることを私は望むものではありません。彦坂さんのブログを拝読していて、彦坂さんの歴史というものに対する真摯な態度を私は信頼するに値するものと、感じるに至りました。作家・工藤哲巳についての真摯な議論に、是非参加させてもらいたいと私は思っています。

私の側から提起可能なのは、72、73年頃に連作された『芸術家の肖像』あるいは『危機の中の芸術家の肖像』と題名が冠されたシリーズを、とりあえず俎上の中心に乗せてみてはどうかということです。彦坂さんの、工藤作品は6流のイラストであるという観点でまず、ずばっと切ってしまえば、いい意味での省略した議論が可能かとも思います。(立体ですが)そこに描かれているのは、鳥籠の中で年老いた芸術家が半ばより目になって筆で何かに綺麗な色を塗っている。よく見ればそれは糞便である、といったような情景。人間疎外論的な図式をできるだけ分かりやすくイラストで提示している作品。われわれ芸術家はまさに「世界をよくする」つまり「良い作品」を作り経済活動に奉仕する為だけに大きな全体のシステムに飼われた存在であると。そのようなアイロニー表現が出てくるのは、勿論、そうではない筈だという作家の本心背後にあるからです。

たとえば、このような導入ではどうでしょうか?
もしこれにコメントを彦坂さんが還してくだされば、(工藤さんから私が直接投げられた言葉の証言も交えて)、私もそれに答えていくことができます。

文章遡りますが、タイミング、ということでもう一つ。村上隆氏は科は違い,学年も2年ほど先輩でしたが、当時の学生であった私の視界には何かを始めようとしている姿として既に入っていました。

私は作家の会田誠、小沢剛と芸大油絵科で同級であり、私は彼らその他数名を束ねて,学内で『白黒』という同人誌を主宰していました。会田誠は主に漫画、また、トイレ覗きの実体験(=本人の話によると、逮捕歴もあるそうです)を短歌に詠んだものや女装写真などを、私は小説や宣言文など、また小沢剛の地蔵建立の写真のシリーズも、この『白黒』という同人誌に掲載するところから始まっています。紙代・インク代を自分達持ちの約束で、大学の印刷機を使わせてもらっていましたので、顧問という形に、榎倉さんになってもらい、その他いろいろと迷惑もかけ、たいへんお世話になりました。

このメンバーで学内展示も開催し、タイトルが『団結小屋』(私がのちの95年に参加した世田谷美術館での長谷川祐子氏・企画『デ・ジェンダリズム』展のカタログの英文履歴欄には"Unity in a Hut"としてもらっています。)

この『団結小屋』展を見た榎倉さんが「お前らいいよ、このメンバーでやれよ」とわれわれを強く後押ししてくれ、工藤さんも剣菱を二本携えて初日に来てくれるなど、われわれは皆たぶんそのようなまわりの反応に気をよくしていたのですが、結局私の卒業式の日の宣言により、このグループは解散しました。この切断の意味を、今でも考えています。すべては切断の中にある,そのような気がしているのです。

90年〜91年。私たちの、その地点での表現者としてのスタンスは、一体どのようなものだったのかを考えます。言葉にすれば、一体「何」によってわれわれは群れとしてかろうじて繋がっていたのか?と。今分かるのは、その「」に当てはまるのは「アイロニー」ではないかと思います。
題名『団結小屋』とは、勿論アイロニーでした。たしか、会田の作品集の中に、この時皆で作ったポスターの写真が載っていたと思います。私が中央に団結小屋と毛筆し、他のみながその回りにイラストを寄せ書きのように配置しました。鉄塔の先端に、小屋がついているような、漫画です。幼児に、カラーテレビで見たニュース映像のイメージが(モノクロのサインペンにより)ここでは再現しているのです。われわれは高級な芸術の意味なども分からず、ただそういうものが既に失効したという空気だけを「読ん」で、あるかどうかも分からない架空の「本物」を上から、または下から?眺め下ろしせせら笑うことで、過去の歴史の優位に立とうとしていたのではないのだろうか。彦坂さんは、そのような現代の態度のありかた全体を称して、婆娑羅と呼んだのではないかと私は考えています。これについても、今後さらに考えていきたいと思っていますので、意見交換させていただければ幸いです。

by 彦坂様 (2010-12-20 22:04)  

加藤豪

上の文、敬称を略して送信してしまい、失礼しました。
(自分の名前欄に、間違って書いてしまっていました。) 
by 加藤豪 (2010-12-20 22:13)  


アウエルバッハ/Tauba Auerbach1 [今日の《原-芸術》の可能性を求めて]


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 ティエリー ド・デューヴの『芸術の名において』という本の議論は、あまり私の好きなものではありません。しかしこの『芸術の名において』という書名は、今日のアート状況を良く指し示しています。

長谷川祐子という キュレーターが主張するように、今日ではデザインとアートの遺伝子が交換されたのですから、『デザインの名』において美術市場を成立させればよいのですが、そうはならずに、『芸術の名において』美術館で作品を展示し、美術市場で売買するのです。

つまり今日では《芸術》の名においてデザインでしかない作品を芸術として鑑賞する。そしてまた《芸術》の名において工芸しかない作品を芸術として鑑賞して感動するのです。《芸術》という名においてイラストでしかないものを見て喜ぶ、こういうことになっているのです。
『芸術の名において』であろうとも、しかし本質がデザインであるものはデザイン作品ですし、本質が工芸のものは工芸なのです。そしていくら美術館で回顧展が開かれても、本質がイラストのものはイラストなのです。つまり本質がデザイン、工芸、イラストの作品は、偽(にせ)の芸術なのです。

私自身は、芸術や美術館のこうした玉石混合の状態を事実として認めるし、それで良いとは思って言います。しかしこうした「偽(にせ)の芸術」よりは、本物の芸術の方が好きなのです。

人それぞれなので、偽物の方が好きな人がいても良いとは思います。しかし私は本物の芸術の方がすきなのです。だが、しかし情報化社会になって、複雑さは増してきています。つまり従来の芸術概念で、ヨーロッパの大コンサートホールで開かれるフルーケストラのベートーベンの様な音楽だけが芸術であるという時代は終わったのであって、それこそ,奴隷階級だったアメリカの黒人のブルースの中から、真性の芸術が出現した事を私は認めて、芸術概念の組み替えを認める必要があるのです。

さて、論証をして行くとながくなるので、はしょって結論だけを言うと、現在の彦坂尚嘉は《言語判定法》という方法で、《原-芸術》という言葉と対応する作品を追いかけています。そこに芸術を見いだすのです。

以前は《超次元》や、その倒錯した領域である《第41次元》を追いかけてきていましたが、問題が実は拡大してきているの、判断の基準をずらして刷新してきているのです。ブログの中でも繰り返し指摘しているように、《第1次元》を欠いた《超次元》だけのものは、いくら超一流であっても、人々が愛さないのです。そしてまた、これはあまり書いていませんが、《第41次元〜50次元》だけの作品は、この領域が《超次元》の倒錯領域なのであるせいか、つまりは超次元だけと同じ構造であって、問題があるのです。ここでも愛を欠いたつまらなさが見えるのです。

たくさんの作品を芸術分析してくる中で、従来と私が少し変わってきているのは、一つは200次元までを発見してきていて、超次元〜200次元まである表現を魅力のあるすごい作品であると考える所まで、到達している事です。
もうひとつは《6次元》を排除する態度を緩めている事です。《6次元》であっても、《原-芸術》のある作家を評価しようという態度になってきています。

さてそこで、ここ数回、検討してみたいのはアウエルバッハの作品です。アウエルバッハは、多様な作品をつくる、今日のタイプのアーティストで、6次元ではありますが、原-芸術性がある作品を作っています。


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『アートの格付け』

彦坂尚嘉責任による[ アウエルバッハ ]の芸術分析


《想像界》の眼で《第6次元》の
《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン・エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》の《真性の芸術》


《現実界》だけに還元された表現。
プラズマの表現。


《きばらし・アート》
《ハイアート》
シニフィエの表現
理性脳の表現

《原始平面》ペンキ絵【B級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《形骸》《炎上》《崩壊》の概念梯子が有る.

《世間体のアート》が無い


《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原デザイン》《原シンボル》の概念梯子が無い。

貴族美術
作品空間の意識の大きさが《グローバル》である。
《愛玩》《対話》という鑑賞構造が有る。
情報量が100である。

アウエルバッハは1981年、カリフォルニア州サンフランシスコ 生まれ

サンフランシスコのスタンフォード大学を卒業。

ニューヨーク在住

アウエルバッハ新しいテキストベースの作品をつくっています。意味のシステム調査する挑戦をしながら、ふざけて新たな意味を作成するために文字を組み合わせるタイポグラフィのような作品をつくっているのです。コンセプチュアルアートに見える作品でありながら、彦坂の言語判定法では《きばらしアート》なのです。

作品は、6次元ではありますが、《原-芸術》はあります。この辺が、デザインやイラスト、工芸になってしまう日本の作家とはちがうところです。

アウエルバッハの作品は現実界に還元されたものです。
これはコスースの文字の作品と比較すると、興味深いものです。

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アウエルバッハ            コスース
現実界のみ             象徴界
                  想像界
                  現実界の3界がある。

念のためにコスースの作品分析をしておきます。

kosuth.jpg

『アートの格付け』

彦坂尚嘉責任による[ コスース ]の芸術分析


《想像界》の眼で
《超次元〜200次元》の
《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜200次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜200次元》の《真性の芸術》


《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》の4界のある表現。。
絶対零度/固体/液体/気体/プラズマの4様態のある表現。



《シリアス・アート》
《ハイアート》
シニフィエの表現
理性脳の表現

《透視画面》オプティカルイリュージョン【A
級美術】


《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《形骸》《炎上》《崩壊》の概念梯子が有る.

《世間体のアート》が無い


《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原デザイン》《原シンボル》の概念梯子が無い。

貴族美術
作品空間の意識の大きさが《宇宙》である。
《愛玩》《対話》という鑑賞構造が有る。
情報量が100である。

今回、芸術分析をしてみて、コスースの作品が200次元まであることを知って、あらためておどろきましたが、コスースは良い作家であったのです。






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