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200次元と麻生三郎の最晩年 [アート論]

人間は、自然として生まれます。
赤ちゃんは自然存在であって、それは彦坂尚嘉の『アートの格付け』では《第6次元 自然領域》の存在なのです。

つまり《第6次元 自然領域》というのが、この大宇宙を含めて存在していて、
ここがすべての基準であるのです。
その意味で、美術もまた《第6次元 自然領域》だけの作品は、
すべての基準であって、大切であると言えます。

しかしそれはあまりに普通であるのです。
《第6次元 自然領域》の食べ物というのは、自然ですから料理というものではありません。
日本の料理で、おいしいというのは《第1次元 社会的理性領域》のお料理です。
これは現在でも普通に日本のおいしい料理は、基準として《第1次元 社会的理性領域》の料理を、
おいしいと言います。

美術も本当は《第1次元 社会的理性領域》の美術が基準であって、これが文明の美術の基本です。
例えばエジプトの壁画には、《原-芸術》《芸術》があって、《第1次元 社会的理性領域》の美術であって、すばらしいものです。文明の基準はこの《第1次元 社会的理性領域》の美術である事は、今日でも変わらないのです。

例えば音楽でも、ジャネットジャクソンの音楽は《第1次元 社会的理性領域》の音楽で、しかも《原-芸術》があります。つまりこういう《第1次元 社会的理性領域》の表現は、それほどむずかしい内容ではないのです。

ところが今日の日本の現代アートというのは、ほとんどが《第6次元 自然領域》で、しかも《原-デザイン》です。つまりアートの顔をしているのですが、実は本質はデザインであって、しかも《第6次元 自然領域》という野蛮な美術なのです。野蛮人のデザインであるというのが、今日の日本美術であって、しかもそれしか無いと言うほどに均質化しているのです。異常な状態と言えます。日本社会が野蛮に退化して、思考不全に陥ってきているのです。日本の没落の兆候なのでしょうか。

そういう中にあって、《超次元》から《第200次元》までの幅広い美術作品をつくったのが、麻生三郎の晩年でした。1990年代の作品です。

麻生三郎の作品は、画像で見ると良くなくて、自己憐憫性のあるセンチメンタルなものです。
画像と実際が大きく違います。

とは言っても

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