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第94回気体分子ギャラリー・オークション糸崎公朗「反ー反写真」個展♯7 [気体分子オークション」]

糸崎公朗「反ー反写真」個展7

第94回気体分子ギャラリー・オークション

不手際でアップが遅れたので、興味がある方は、締め切りは延長されていますので、ご入札ください。



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糸崎公朗 「反ー反写真」♯7
【101220_01】

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糸崎公朗 「反ー反写真」♯8
【101220_02】


作家名:糸崎公朗
ペーパーサイズ:210×297mm
イメージサイズ:203×271mm
素材:顔料インクジェット 写真仕上げモノクロ微光沢ペーパー(0.28mm厚)


『アートの格付け』

彦坂尚嘉責任による[糸崎公朗の

「反ー反写真」♯8

]の芸術分析




《想像界》の眼で《超次元〜第150次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第150次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元〜第150次元》の《真性の芸術》



《想像界》《象徴界》《現実界》《サントーム》の4界をもつ重層的な表現。
プラズマ/気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現。



《シリアス・アート》である。ただし《気晴らしアート》性が無い。
《ハイアート》である。ただし《ローアート》性が無い。
シニフィアンの表現である。ただしシニフィエ性が無い。
理性脳の表現である。
ただしと原始脳性が無い

《透視画面》 オプティカル・イリュージョン【A級美術】。ただし【B級美術】性が無い。


《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》《形骸》《炎上》《崩壊》の全概念梯子が有る。

《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原デザイン》《原シンボル》の概念梯子が無い。

貴族の芸術である。ただし大衆美術性が無い。

作品空間の意識の大きさが《宇宙》である。
《対話》《信仰》という鑑賞構造2つが有る。しかし《愛玩》《驚愕》《瞑想》は無い。
情報量が100である。

糸崎公朗さんの、こうしたカラー写真にしても、本当にこのまま展開されていくのかどうかは、かなり疑わしいと思っています。それは糸崎さんに限らず、誰にも言える面と、もう一つは糸崎さんが、本当には自分の芸術の意味が分かっていないからです。

それにフォトモやツギラマという今までの代表作の大衆芸術性そのものの性格と限界を、糸崎さんは、まったく分かっていないように私には見えます。その辺のことをもう少し突っ込んで語ると、人間関係がまずくなるという、最近の検閲削除問題と同様の展開になるのを嫌って、止めておきます。なにしろこの日本では、人間関係だけが何よりも重要なのですから。

このオークションに出品している写真の魅力や、その実力を、本当は私は示したいのですが、それも止めておきます。人間関係が悪くなるので、抑制しておこうと思うのです。

私の場合、つい、一生懸命になってしまって、結果的には嫌われ、裏切られ、ひどい人間だとののしられてきているのです。さすがに、この日本の現実社会の中では、良く人を見て、気おつけて動かないと、痛い目に会います。大衆という良い人たちというのは、実は凶暴でエゴイズムに満ちているのです。大衆には、芸術に対するモラルがないのです。誰1人として大衆は信じてはいけないと、最近は考えるようになりました。覚悟は決めなければなりません。大衆は芸術に対するモラルの無い悪魔なのです。誰も信じてはならない。人間不信に中に立てこもらなければなりません。そういう意味では糸崎さんはまったく信用していないのです。芸術に対するモラルはありません。糸崎さんは芸術であることの真摯さを、将来には裏切るでしょう。糸崎さんにとっては、社会的に成功し、売れれば、高尚な芸術であろうと、大衆芸術であろうと、偽の芸術であろうと、くだらないゴミであろうと、なんであっても良いのです。必要な事は、社会的成功であり、金であり、地位であり、権力なのです。私の場合にはそうではなくて、《原-芸術》性を持った真性の芸術であることが、きわめて重要なのです。ですから私のカードは糸崎さんには全部は見せないで、私の棺桶の中まで持って行こうと思います。カードを見たければ、神と格闘する芸術の真理を、自分の知力を使って盗むことです。



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